【WORD】「光の館」元管理人

最終更新: 2018年7月7日

芸術祭をめぐる言葉1




今日ね、一番最初のスケジュール帳を持って来たんです。私、2001年の10月1日に「光の館」に入ったんですよ。ほら予約が書いてある(笑)。この頃ね、もう取材も入ってたんです。


佐藤:これって、「光の館」のできた年ってことですか?


(やかた)はその前の年、2000年(第1回開催年)の6月にオープンしてるんですね。で、その時は専任のスタッフの方が入って、一番最初の立ち上げからやってたんですよ。それで私が翌年の10月1日に入って、最初のスタッフの方が、2002年の3月いっぱいで「光の館」をやめたんです。地元の人から管理をやってもらおうってことで・・で、もう1人男性がいて、私も含めて地元のふたりで引き継ぎました。


で、最初取材なんて慣れてないじゃないですか、これだけの取材が入って・・TBS、婦人画報、ワールドフォトプレスなんていうところも入っていたりして・・・まあとにかく最初の頃は取材が入っても、とても自分たちでは対応できなくて、スタッフの方がやってて・・で、その方がやめてからは2人で対応するようになって・・基本的な部分は もうみんな決まってたので 説明も基本的な部分でしたように思います。


佐藤:その説明のガイドラインは運営側から・・


そう。スタッフの方から、「光の館」の説明はこうなんだっていうのがあったんですよ、だからその基本的な部分を、最初ずっと案内してたんですね。それでその方がやめて・・で2003年の芸術祭第2回目が、自分たちだけで担当する初めての年で、ものすごいプレッシャーを感じながら・・自分でなんとかしなくてはいけないっていう、そのプレッシャーがもう・・もの凄かったですね。もう潰されそうで・・


そしたら直島(瀬戸内国際芸術祭開催地のひとつ)から芸術祭を視察に来た方が、たまたま「光の館」に寄ってくれて、私に話しかけて下さって、その時に私があんまりその・・プレッシャーを感じてたので、その人が「いいんだよそのままで。」って言ってくれたんです。それで「はぁ~っ」って力が抜けて、あ、そうなんだ、私自分でもうこの「光の館」の、自分で感じたことを話してもいいんだぁっていう風になって、それで自分の想いだったり、館に入ってくる光だったり、いろ~んなことを、ちょっとずつ話をして、自分の体験から話をするようになったんですね。それで見学時間が案外長くなったんです(笑)


ゆっくりとお客さんと回って、で、伝えたいことを伝えるって言う風にね・・まあ、よっぽど忙しい時でなければ、自分の言葉で全部説明をしていくっていう、そういう感じになってきたんですよね。なんかだいぶ話が長くなるっていう、そういう風な状況で・・・でも、みなさん喜んでくれて・・


「光の館」に来てくれた人が大切であると共に、「光の館」も大切で、その大切なものを守らなくてはという一心だったような気がします。そして来訪者には大切な「光の館」の事を伝えたいという想いがありましたね。


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佐藤:そもそも、このお仕事をやっていくきっかけってなんだったんですか?ご自身で?それとも頼まれて・・?


その前の仕事は、旧「千年の湯」(川西にある温泉施設)で、受付、売店、食事、掃除、対応を4人の女性スタッフでしてたんです。何年かして温泉施設をリニューアルということで、今の「千年の湯」が新しくできたんですけど、さらに「大地の芸術祭」も始まってると。ある方から、「光の館」に入ってみないかっていう風に言われたんです。で、私も芸術祭わかんないし、アートわかんないしと思いましたが、ちょっとステップアップしたいっていうのがあって、経験したことのない世界に入って来たという感じです。


作品の案内をして、宿泊の案内、館内の掃除をするという、いつも「光の館」の事と、お客様の事しか考えてませんでした。とても楽しかったです。で、その頃は温泉の方が花形だったんです。今でこそ「光の館」「光の館」なんて言われるけれども、私が行って2009年(第4回開催年)、2012年(第5回開催年)ぐらいまでは、「光の館」のことなんて、地元の人はだ~れも人は振り向いてくれなくて、ず~っと私は「光の館」に行ってるけれども、「何やってんだろうね」って、「何やってるんだろうねあんな山の中で・・」っていうのがね・・みんなそう思ってたはずですね。「何してんの?」って言う・・で、館までくると、「ね~こっけんとこに居てさ~、なんか寂しいよね~」と人は言うけども、こっちは毎日お客様が来て忙しくて、作品への誇りもあって、そこが好きでたまらなく楽しく働いているわけですよ。


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佐藤:そうやって好きになっていったのは、やっぱり先ほどの話にあったプレッシャーを乗り越えてから、ぐっと作品に近づいて行ったんですかね?


やっぱりこのタレル(光の館の作者:ジェームズ・タレル)さんの作品として、みんなに伝えなくちゃいけないっていう、そこがプレッシャーになっていたんだと思うんですね。で、周りの人はアート関係の人だし、自分なんて何もできないんだっていう風に思ってて・・本当にきっと最初は緊張の何年かだったような気がしますね。何もわからない私が言ってはいけないみたいな、そういうのがありました。


だけど、そこから何か、道が・・目の前が明るくなってきて、基本的なものはあるんだけど、私はこういう風に説明していたことで、皆が何か喜んでくれて、もっとなんか自分が感じてるものを伝えたい。この館で感じているものを伝えたい。そういうふうに思うようになって、どんどん、どんどんこう・・館がもっともっと好きになったっていうか、もう自分の家なんて全然もう関係ないって感じでしたね。夜もいくらでもお客さん待ってても全然オッケー。朝も5時でも、何でも OKっていう感じで、生活そのものになっていて・・


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ある時、「光の館」を運営する会社の上司から、冬はやめろと。冬はお客さん来ないからって言ってたんで、いやいや、「光の館」は冬に見てもらわないと駄目だし、冬休んだらこの建物が(雪で)壊れる。作品が壊れるから、絶対それは駄目ですって言って。そしたらお前だけ一週間に一度上がってきて「光の館」をみれって、言われたんですよ(笑)。それでも絶対駄目って言って、冬も通常のまま営業を継続してくれたんですね。それで、冬の良さを発信して・・で、本当に「光の館」に冬お客さんが来るようになったのは、みんなが冬見てみたいっていうふうに、思うようになってくれたからって、私は本当にそう思ってますね。


佐藤:それはどういうアピールをしていったんですか?


みんなほら冬っていうのは、地元の人はもう寒くて雪いっぱいで、大変だっていう風な感覚なんですけども、来る人はね、雪が降っていると、あの白い中に「光の館」があって、でもう本当に白黒でしょ、水墨画のような感じになる・・・そういうあの雪の良さって、し~んと静まり返っていくものとか、その太陽の位置の違いとか、そういったものをね、来た人一人一人にどんどん発信していたんですね。そうしたら、見学に来た人が、「私やっぱり冬来たい、冬見てみたい。」っていう人の声が聞けるようになって・・・


見学に来た人が、やっぱり「泊まりたい」と思うんであって、見学に来た人には丁寧に説明して・・・必ず泊まらせようと思ってするわけじゃないですよ。あの冬の館の良さが、こういったところがあるんだと・・秋は秋、春は春で、雨の日は雨の日で、雪の日は雪の日で・・っていう話を全部するんですよね。それが今に繋がってきてるのかな~っていうのは思いますね。


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佐藤:作者のタレルさんとお会いしたことはあるんですか?


一番最初に会ったのが・・えーと・・あれは直島の地中美術館がオープンになる時で、2003年に「光の館」に泊まりに来た方が、直島の芸術祭の関係者で、私に「タレルさん来るから、地中美術館がオープンの時に来て。」って、言ってくれたんで私行ってきたんですよ。そして地中美術館のオープンになる日だったかな、向こうの島で、タレルさんも待っててくれて、それでお会いしてきたんですよ。でも、まだね・・あの頃は英語が苦手で(笑)・・ちょうどタレルさんが座っていて、そこへ行って「Mr.タレル?」って言ったら・・・したら「おお~って」て言って、もう2人でうわ~って(ハグ)したんですね。そしたら通訳の女性の人が後で「本当に『光の館』と、それから直島と、タレルさんが、何かそこで本当に一緒になったんだなーっていう感じがして、良~い光景でしたね。」って言ってくださって。


で、その時にタレルさんが「(館に)行くよ。」って言ってくれたんで、私「待ってるから。」って言ってたら、その年は中越地震があって来られなくて、2006年の冬に来て下さったんですね。その時と合わせて2回タレルさんとは会ってます。後は写真を撮って送ったりして・・・最初、館に苔が生えてきたのが嬉しくてね~・・なんでも嬉しくてタレルさんに教えたくて・・写真撮って、手紙書いて送って・・


そう2003年の時だったな・・「タレルさんへのメッセージ」っていうのを館に置いておいて、そこに来た人みんなが自由にイラストとかも描けるようにして、そしたらいっぱい集まったんですよ。それをみんなコピーして、タレルさんに手紙と一緒に送ったんです。そうしたら喜んでね~・・私ともう1人、若い女の子がいたんですけど、2人にスノーシューっていう、竹でできてる、カナダかどこからか買ってくださったのか、それをね、2つ送ってくれたんですよ。名前もちゃんと書いてくれて・・まだ家にあります(笑)使えなくて(笑)・・もったいなくて・・


「光の館」が好き・・なんですね。直島に行って(芸術祭の作品を)みんな見せてもらった時に、どの作品もすごい!と思ったんですけど、もう早く帰りたい。館へ帰りたい。館すごいよって思って・・そこはもう他の作品や、海外の作品は全然わからないですけども・・私の中では、あの館は本当にすごい作品だと思ってます。


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佐藤:今回、館を離れられたとお聞きしたんですが、理由を伺ってもよろしいですか?


それはね・・自分の家庭のこと・・あの・・うちは孫がいたり、年寄りも・・母親も、ついこないだまで生きてたんですが、あの・・そういう・・なんて言うか・・・あまりにも私が「光の館」に没頭しすぎて(笑)・・家族を顧みないっていう・・・いや、そうでもなかったと思うんですけども・・そういう風に・・悪かったかなとか思ってた部分もあって、で、今年の4月から息子が単身赴任することになって、嫁と孫にも協力したいという想いがありました。


その前に「光の館」のホームページをまず変えなくちゃいけないっていうので、何年かず~っと思い続けていたホームページのリニューアルを、2年前にやれたんですよ。ホームページをリニューアルして、後はパンフレットだと思って・・パンフレットもした。 それが私がやる仕事なんだなってず~っと思ってたので、ここまでできれば、あと10年経ったとしても大丈夫と思ったんで、それができて、そして「光の館」にみんなが来てくれるようになったでしょう。で、きっとね、自分で、あぁ私の仕事は終わったって思ったんですね・・


で、それがきっと一番で、ここまですればもう大丈夫と思って・・去年の春ですね・・その前の冬から、「もう私やめるからね。」って言ってたので、やるべきことが終わった時点で、私も終わったからもういいや、次に渡しても。私の「光の館」は終わりっていう・・今度私はまた違うところで、この力を出したいっていう風に思っていて、それがきっかけだったんです。


だから最後の勤務日の11月30日は「光の館」に泊まろうと思ったんですよ。1人で。私は館と・・館と一緒にいられればいいから・・もうそれをしたいと思ってたんですけど、私母親を自宅で看取ったので、その看取りが物凄い大変で、30日は泊まれなくて・・全部仕事が終わって、2時間ぐらいアウトサイドイン(天井が開くメインルーム)にいて、ぼーっとしようかと思ったら(笑)、色んな所に連絡しなくちゃいけなくて・・私これでやめますって言うのまだあんまり人に言ってなくて・・その連絡と今までのお礼の電話をしていました。


本当にその年は、春から11月30日まで、もう毎日ありがとね、館へありがとね、ありがとねって言いながら掃除をずっとしてきたので、もう館へ全部想いは伝わっていると思って、そこで最後、鍵をかけて、バイバ~イって言って来ました。なんでね、今すごい「光の館」を心配することもなく、今自分のこれからしていく仕事に、また夢中になってる自分がいるんですけどね。


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佐藤:お客さんが来られた時に、どういう気持ちでやり取りをされていくんですか?


もう気持ちが、「来てくれてありがとう。」って言う・・そこから入ります。別にその人によって、かける言葉を変えてるって言う気持ちは全然ないんです。基本的な部分は全部一緒で・・ですけど、その人が何を求めているかっていうのは、その人がちょっと話をしてくれたことによって、あ、こういうことかなっていう風に思うと、こっちの方の話ができるようにしたいと思ってたんですね。


佐藤:その話の切り出し方って、結構難しそうな気がするんですが・・・


いつもね、「どちらからいらっしゃったんですか?」って聞きます。そうすると、どこどこって言ってもらうと、「あぁ、それは遠くからいらしたんですね。」とか、「初めてですよ、そちらの方は・・」 そういう感じでもって・・で、 気がつかないでいるよりは、気がついてもらいたいと思うので、今ちょっとこう・・光が入ってきたなぁとかと思うと、それをたったひとつだけ、「ほらちょっと見ません?」って言って何かを一つ・・ちょっと注意できるように、意識がそこに行くようにします。で、そうすると、「あぁ」って思ってちょっと集中しますよね?そうしたら、そのことについてとか、違う話とかどんどん言っていって・・で、その人が楽しめるようにしますね。 それがいいかどうだかなんて、全然わからないんですけど・・その方とお互いに・・気持ちがちょっと通じてくるじゃないですか。だからそういう風にして・・でも全然面白くないって、何も言わないでいる人もいますよね。


佐藤:そういう、「興味のなさそうな人」にはどういう風に声をかけるんですか?


私はね、強い人には強く行きますね。こだわりが強いっていう人には、自分が館のことでちゃんとわかってる部分では強く言います。


佐藤:言い切るということでしょうか。


はい。でも1回だけですよ。何回もしなくて・・1回だけはそうします。で後は、反応が返ってくるので、その人が何かこういう風なのを求めてるかなと思うことを、話し出すとか・・まあお天気とかです、自分が一番詳しい部分・・ずっと外見てる人がいたら、「そこに白い花が見えるでしょう?」て言って「あの花ね・・知ってます?」って言って聞くと、「分からないです」って言ったら、「こういう花なんですよ・・今頃咲くんです。隣には何とかがあるでしょ・・それはね、いつ頃咲くんですよ。」とか、「季節が変わると、こういう風になるんですよ。」っていう話をして、「そうですか。」って言って。その人が話をしたいと思えば、「館はね・・」っていう「光の館」の話をします。なので、別に「光の館」ばっかりにこだわってなくて、雲の話だったり、いろんな話をしますね。


佐藤:逆に引っ込み思案な、弱めな人が来た場合はどうするんですか?


「今日はどうするんです?」って聞きます。「昨日どこに泊まりました?」とか言って、相手が完全に答えられることを聞きます。そうすれば絶対答えられるんで、そこから話を始めていくっていう感じですね。私・・一番はね、自分が基本としてるものは、ほら、自分でもどこか観光とか行った時に、誰かが私に話をしてくれたら嬉しいとか、大事にしてくれたら嬉しいっていう部分があるんじゃないですか、私はそこの部分なんですよ。せっかく「光の館」に来てくれたんだって言ったら、本当にこの人1人1人を大事におもてなししたいんですね。なので、この人が気持ちよく帰って、で、私も気持ちよく館のことを話せることができたら、どんなに幸せだろうって・・そこの部分だと思うんですけれどもね。


佐藤:地元の方がこられた時には、どうやって伝えるんですか?


いや~地元の方が一番難しいですよ・・一番難しいです・・うんとね・・普段の生活・・そうですね、例えば地元の人は、地元のお店に買い物に行って・・っていう感じの話の仕方なんですよ。


佐藤:観光で来た方と違って、「光の館」の特別な感じがあまりないわけですね。


興味を持ってくるっていう人もあまりいない・・ただ、ご自分でお客様を連れてくるから、その人自身では「光の館」のことをこういう風に分かってると思って喋ってるわけですよみんな・・一生懸命宣伝しようと思って言ってくれるんですね。 だから、それはこの人に説明してもらおうと思って説明してもらってます。


佐藤:「光の館」のように、場がオープンだと、必ずしも良い感情を持たずに、自分の主張を言ってくる人もいたりすると思うんですが、そういうのはあったりするんですか?


館は・・ない。ないっていうか、あの・・そういうのを言ってきてきたとしても、あの・・今までそうやって帰したことはない・・って、私は自分ではそう思っているんで・・なんか言ってくる人はいますよ。時々・・・そういう人はいるけど、だけど話してるうちに・・・話してるうちにそれ逆転するんで。うん、全然それはなんか、かえってそう言ってきてくれた方が、なんか優しく・・その人の気持ちが出るようにして帰してあげたいなと思ってるから・・ あんまりあの・・嫌な感じでもって帰っている人はあまり・・じゃなくてほとんどいないって・・本当絶対変わるんですあそこは・・絶対どんな顔をしてきても、本当に優しい顔で帰ってくれるな~って思って、それはあの作品と場所の力だと思っています。


佐藤:それでも、万一何かが起こった時はどうされてるんですか?


問題が起きたら、今メールじゃないですか。メールとかはダメと思ってて。必ず電話をして、丁寧に相手の気持ちを聞いて、こちらからできる・・どれくらいのことができるかっていうのはそこで考えて、やろうと思って。その後の対応はちゃんとこう手紙を書くとか、心を尽くすと、みんな心を尽くせば何かしら思いが伝わって、怒ってる気持ちも静まるんじゃないかって、そういう風に思っているんで、怒らせるって言うことはほとんどないと思ってるんですけどね。だけど精一杯そこのところはやるって言う・・いつも心がけているつもりなんです。


佐藤:外国から来た方はどうですか?


外国の人ですか・・・これが大変ですよね・・だって私達はみんなそんな英語をペラペラできるわけではないのに、マニュアルを作って、一生懸命覚え込もうとして喋るんですけど(笑)、なかなかね、全部喋れなくて、でも、思いは伝わって、海外の人も「自分達は日本語ができないからいいんだよ」って、言ってくれる人がほとんどですよ、「光の館」は。で、体験していけばいいっていう、そういう感じだけど、やっぱりこっちも伝えたいじゃないですか。日本人と同じように教えたい、伝えたいって・・それを見学の時に、片言で話をしているとね、本当に喜んでくれて・・「全部はわからない、もっともっと伝えたいんだけど、ごめんなさい、伝えられないんだよ、英語ができなくて。」って言っても、「大丈夫。OK OK、分かるから、分かるから。」って言って、こっちの方が向こうから支えてもらってるような(笑)、そんな感じがすることがよくあります。


ある時、本当にタレルさんの事が大好きな方が来られて、タクシーを降りた時から、はあ~はあ~って感動されてる外国の男の人がいて、あぁ好きなんだ~と思って、行きましょうって言って階段上がって行ったら、そしたら玄関の扉の所で、はあ~ってまたやっているわけで・・もう嬉しくて、嬉しくてね私・・中に入って、じゃあ上開けますねと言って、開けて、そしたらね、その人が涙を流し始めて、で、私もあ~って嬉しくて・・2人でぼろぼろ、ぼろぼろ(笑)・・で、ず~っと、別にすごい言葉を交わしているわけではないんですよ。だけど、こうだよ、ああなんだよ、って言って下の庭の所まで行ったら、はぁ~ってまたされて、それを見てもう私幸せ~って、私こんな幸せはないと思って・・何か本当にうれしくてね、そういうのがいっぱいあります。お客様の幸せは、やっぱり自分の幸せになるんだなーっていうのを、ものすごく感じますね。


また別の時に、3人で外国の男の方が来て、色々聞くわけですよ。「どうして芸術祭が始まったんだ」とかなんとか・・私はそれは英語で喋れないと、駄目だからって言って、それもそういう風にごめんなさいねって言って、私もっと話したい、あなたに伝えたいことがたくさんあるんだ、でも駄目なんだって言ったら、そしたらタクシーで、すーっと出てったんです。「バイバイ」って出てったんだけど、途中で10m ぐらい行って止まって、3人でドアをタタタッて開けて、ば~って走ってきたんですよ。で、私んとこパーって来たわけ。で、なんか「写真撮ろうよ!」って言ってくれて・・・それもなんか感動して・・ 言葉使わなくたって、心が伝わったんだって思って、海外の人はそれから全然怖くなくなりましたね、どんな人でも。英語じゃないんだと思って、ハート、ハートとか思ってますね。


でも命がけみたいな気持ちでしたよね 。そうですね・・「光の館」はね・・ は~っ(ため息)・・何を話したらいいんだろうと思うぐらいに・・・来てもらえばわかるんですけどっていうとあれですけど・・・でもね、あの・・あれはね、空の見方が変わるって言うかね・・光の見方が変わる。影の見方が変わるみたいな・・そんな感じだと思うんですね・・


佐藤:逆に、館で得た経験が、あそこではない場所で活かされたりとか、そういう事はありますか?


あそこで見ていた・・あのね、「光の館」で見るものは、普段家でも見えるんですというのが「へ~っ」て思いましたけどね。だから、見ようと思えば、感じようと思えば、どこでも感じられるけれど、あの作品の中でしか・・やっぱりあの作品の中に行くと、より感じやすくなるっていうか、見れるようになるっていうか、そういうのはあると思いますね。普段意識しなかったものが意識できるっていう、そういう感じですね、きっとね。向かい合えるんですよ自分と。あそこはきっと、本当に自分と向き合える・・何でも、空もそうですし、風景ももちろんそうだけど、全部何か向き合える場所のような気がしますね。


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2018年3月27日 十日町喫茶クローブにて