【WORD】2015年芸術祭をコンプリートした新米パパ

最終更新: 2018年7月7日

芸術祭をめぐる言葉3



佐藤:もともと、こちらのお生まれなんですか?


元々中里の生まれで、中里で育って、東京の大学へ行って・・で、戻ってきたのが2012年(第5回開催年)の芸術祭の年だったんですよ。正直、それまで大地の芸術祭ってのを、地元でやってるってのは知ってたけど、全く興味もなかったし、それが何なのかっていうのも、全然知らなかったんですね。2012年に戻ってきて、なんか地元で盛り上がってるなぁ・・みたいな、たぶん自分が高校生ぐらいの時・2006年(第3回開催年)とかそれ以前だと、移動の足がなかったっていうのが、あるかわからないですけど、身近に感じなくて・・市街地の盛り上がりにも気づかなくて・・・だから正直、全然知らなかったくらいですかね・・その時は。


佐藤:こちらへ戻って来てからは?


戻って来て、見方が変わってたっていうか・・何か地元で面白そうなのがあったんだっていうのがあって、まずは2012年に、初めて友達と芸術祭を見て回るようになったんですけど、それでもただ・・ちょっと松代の農舞台とか、裏の山の奥登ったところにちらほらあるものを、ぽんぽんと行ったり、川西とか、ちょんちょん行ったくらいで、ガイドブックとかも買った覚えもないですし・・・え、こんなあったんだ、へーみたいな・・そんな興味も持ってなかったんですけど・・それが何を思ったか2015年・・もう、2012年から2015年に至るまでに、どんな気持ちの変化があったかわかんないですけど・・


佐藤:2015年は作品をコンプリート(全作品を鑑賞)するまでになったわけですよね。何があったんでしょうね?


あ~・・まぁ、あるとすれば、その間に十日町のまちなかに、ちょっと自分自身が出るようになって、いろんなまちなかのイベントとか、活動に参加することになって、あれ、結構みんな面白いな、十日町って面白いじゃん、みたいな・・事を実感するようになったのが、ひとつのきっかけかもわからないんですけども・・・地元十日町って、あ、こんな面白かったんだ、今まで知らなかったみたいな・・そういうのはすごいありました。


佐藤:具体的に何か、その時に面白いって思ったものって、覚えてますか?


あの・・「ブンシツ」。もともとこの「分じろう」(市民交流センター)の前身の「十日町ブンシツ」(青木淳建築計画事務所が企画した、市街地活性化事業としての市民活動拠点)ってのがあったんですけど、そこにたまたま人に紹介されて足を運んでみたら、いろんな人が集まって、いろんな交流ってのがあって、そこで色々人脈が・・十日町のいろんな方と繋がったり、いろんなイベントがそこから起きたりがよくあったんで、そこに関われたことがちょっと・・十日町を好きになるきっかけになるひとつだったのかなっていう・・・


佐藤:そこで、十日町の面白さを再発見したと。


中里の中だと、遊ぶ場所がないので、結局、長岡(長岡市:十日町に隣接。芸術祭のエリア外)とかへ行ったりしてたんですけど、「ブンシツ」をきっかけに、十日町のまちなかでもこんなに遊べるんだ、楽しめるんだって感じになって、それもまた一つのきっかけか分かんないですけど、それで芸術祭2015をまた今年もやるって、もうこんなに何回もやってんだみたいなのを改めて思って、じゃあちょっと色々巡ってみようかな・・っていうのが、たぶんきっかけだと思います。


佐藤:そうやって、意識新たに2015年の芸術祭を回ってみてどうでしたか?


2012年の時とは、なんか全然見方が違ってきて・・・何ですかね・・・2015年に回ってた時は、今まで育ってきた十日町・・1回外に出てきたからこそ、見える景色と言うか・・ずっと十日町に生まれて、そのまま十日町に育ってきた見方とは違うというか・・・それが当たり前じゃなくなったと言うか・・その例えば、東京に暮らしたからこそ、この十日町の田舎の人の繋がりのあったかさとか、大自然の中と、またその中にあるアートの違和感とか、マッチングとかが面白いなっていう風に思うようになって、それで何かひたすら夢中になって回って、オールコンプリートするぐらいに・・・またその時に、嫁も来てたし、弟もちょくちょく帰ってきて、一緒に芸術祭回ったりみたいな・・


佐藤:奥さんのお話がありましたが、ちなみに、ご結婚とかとは、関わりに関係があったりしますか?


結婚は、かなりのきっかけになりましたね。嫁が県外の人なんで、こっち来て、知り合いを作るっていうので、いろんなところへ顔出して・・かなり始めはやっぱ勇気が入りましたけど、知らない場所に行くから・・


佐藤:そこから、またもう一歩芸術祭の中へ踏み込んで行かれたと・・・


実際、「こへび隊」の登録を、2012~3年くらいに、帰ってきてからして。一応登録ってのは、メールで送ればできるんで、登録してたんですけど、なかなか活動の機会に恵まれなくて・・活動しませんかって話が来て、行けますってなったら、大雨で中止になってしまって・・それで結局もう2年くらい活動できずに、うだうだやってた中で、「地サポ(地元サポーター)」っていうのがあるのが、2015年の前後ぐらい知って、登録はしたんですが、そんながっつりやろうとか、とくには考えてなかったんですけども・・ただ、2015年の芸術祭が終わって、翌年の1月の時に、観光交流課の方で地元サポーターの交流会みたいなのが、初めて行われたんですね。その時に観光交流課の人が、集まったメンバーの、比較的若い奴らに声をかけて、事務局ってのをやってみないか?みたいなお話がありまして・・それで事務局のメンバー入りしたっていうのが、やっぱりより深く関わるようになった、きっかけかなって思いますね。


佐藤:「地元サポーター」って、どういう活動をするんですか?


こへび隊事務局とも似てるんですが、主に、芸術祭関連企画の管理とか・・ただ、それほどがっつりやってるわけではないんですけど、わかりやすいので言うと、市報に地元サポーターや、こへび隊のページを作って寄稿とかしたりが一つと、今やっていることだと、英会話。今回の本年度に向けた英会話のレッスン。あとは、春夏秋冬、芸術祭の企画をやってるじゃないですか。その都度の決起集会みたいなのと、1年お疲れ様会みたいな。とりあえず交流の場を作るって感じですね。今まで、地元サポーター同士で、顔合わせてどうのこうの話すって場はなくて・・そんな場を作ったりぐらいですね・・まあ、がっつりやってるって感じでもないんですけどね。


佐藤:どんな方達がメンバーなんですか?


主には十日町の人が関わっていて・・ただ、遠いところは新潟市からも・・地元サポーターってのは、新潟県内に籍を置いてる18歳以上ってことなので、十日町でも、市街地だけではなくて、いろんな地域から集まってきてます。


佐藤:会期が始まると、どんな動き方になるんですか?


地サポだからってことではないんですけども、いつも作品管理に入ったり・・メールで募集がかかって、「行けます。」ってなったら、キナーレ(越後妻有里山現代美術館)に集まって、いろんなとこに配属されてっていうところですね。地サポもこへびもその差はないんですよ。「地サポ」と「こへび」を別に分ける必要もないんじゃっていう話もあるかもしれませんが、「こへび隊」は、関東の方からバスに乗って移動して、宿舎とかも、とったりするじゃないですか。でも、地元の「こへび」には、それが必要なかったりして、それが分かりづらいみたいのがあって、地元は地元で区分した方が、やりやすいという話があったりして・・・


佐藤:ご自身が、前回の芸術祭からより深く関わっていったということですが、芸術祭の初期の方から行われている動きについては、どう感じていますか?


もともと、いろんな・・・例えば松代だと「まつだい案山子(かかし)隊」っていう、地元有志のグループがあって、津南にも同じように地元の有志みたいなのがあるんですよ。割と各地域にそういうのがあったりして、「地サポ」とかは、2011年に市役所が作り上げた組織じゃないですか、その中に「案山子隊」とか津南の方とかは入ってないんですよ。ここら辺が・・やっぱり何て言うんですかね・・・今までやってきたものと、新しくできたものの・・そのセッションというか、どうやって行けばいいのかなっていうのが、わからないところで感じますね。


佐藤:先輩・・先駆者とも言えるような方々と、また世代の違いがありそうですね。


やっぱすげえなって思うんですよ。本当に。先駆者は芸術祭とか、そういうイベントへの関わり方が、日常の中に入り込んでいると言うか・・何て言うかな・・暇さえあれば本当に、芸術祭の手伝いに行ったりして。その方たちが単純に年齢的に、その還暦を迎えて定年上がりで、第二の人生として関わってるってのも、あるのかもしれないですけど、仮に自分が定年を迎えて、仕事を卒業と言うか、あがったら・・・でも、相当体力とかも色々使うわけじゃないですか、そこまで関われるのかって感じるところはあるんですよね。芸術祭について関わっている方ってエネルギッシュなんですよね、本当に・・


例えば、この前の「雪花火」(雪原で行われる、音楽と花火のイベント)にも、雪花火の花畑製作も、一週間前からやってたんですが、ほぼ毎日現場に行っメンバーがいたりして、地元サポーターの事務局をやっていると、今日誰が現場に行ったかとは分かったりするんですけど、すげーなって思うわけですよ。やっぱり、あれだけのエネルギーと言うか、何ですかね・・・昔からやってるからこそ、自分たちが作り上げた物っていう感覚もあるんだと思うんですが・・・すごいなと思いますね。若い世代でも、そういうのがちらほらでも現れてくれるといいんですけどね。


佐藤:結婚されたり、お子様が生まれたり、家庭を持ったことで、変化があったことはありますか?


とりあえずまぁ、娘が生まれてから、芸術祭に関して言えば、今のところはまだがっつり関われなくなったかなみたいな・・本年度になって娘も大きくなるんで、まあ色々巡れるところは・・アート作品に対しても、たぶん見方とかも変わるし、行きたいところとかも、絶対変わると思うんですけども。みんなで行きやすい場所、一緒に遊べる場所とか・・・


あとは、十日町界隈での暮らし方、関わり方で言ったら、やっぱ全然違いますね。ちっちゃい子がいると行く場所や、遊び方も全然変わりますし、交流する人も変わりますよね。全然。やっぱ公園とか、そういう子連れさんいらっしゃい!みたいなイベントもよく行くようになったりとか・・田舎の風合いなんですかね・・・雰囲気というか、都会と比べると、やっぱり人と人とがあったかいから、十日町に限った話じゃないと思いますけど、よくその家族で娘も連れて買い物とか行くんですけど、ちっちゃい子をカートに乗っけると、なんか「可愛いね」「どっから来たの?」みたいにすごく話しかけられたりしますね。暮らしやすいですよ。ありがたいですよ。


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2018年3月30日 十日町市市民交流センター「分じろう」にて